2013.12.14  角島に想う-7



先週 出身地の“角島”へ帰ってきました。

云うばっかりで 相変わらず 母への顔みせ だけで 手伝いはできませんでした。

「疲れた」という弁解の下に。

本当に自分ながら情けないと思いますが。

橋ができて 車での移動ですので 画像の様な “漁師の船”を見る機会も

めっきり減りました。

私の実家は 半農・半漁を営んでいまして 父はその時代当たり前であった

「漁師の長男は漁師」を頭に描いて 私を教育したものでした。

小学校~中学校~高校 と 春休み・夏休み・冬休みは 毎日漁師の手伝いでした。

その反動で 漁師にならずに 大学へと進んだのですが・・・。

今思い出せば 「良く了承してくれたな」と深く感謝しております。

その当時 様々な方より 父母が私のために 色々言われていた事を覚えて

おります。只、最近は 私の様な進路も当たり前みたいですが。

こうやって 社会人として 自分の好きな道を歩んだ私ですので それを許して

くれた 父・母・先祖への感謝を決して忘れず 又、次の世代へもその感謝の念を

繋いでいきたいと 最近強く思うようになっております。

年とったかな?